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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(あ)1809号 決定 1971年12月20日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人西岡勇の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(なお、原判決は、被告人の本件失火につき、刑法一一七条ノ二前段に規定する業務上失火罪の成立を是認した第一審判決を維持するに当つて、本件事故車両に装置したディーゼル・エンジンの動力発生原理を基として、被告人が火気取り扱い業務に従事する者にあたる旨判示したのは、措辞妥当を欠くが、原判決の確定した事実によると、ディーゼル・エンジンの排気管は、運転中温度が著しく上昇し、これに可燃物を接触させると火災発生の危険があるのであり、被告人は、ディーゼル・エンジン自動車の運転者として、これを安全な状態に保持して運行すべき地位にあり、また、万一燻焦の臭気を感知したような場合には、直ちに運転を中止し応急の措置をとる注意義務があるというべきであるから、被告人が第一審判決の認定する経過で火を失した場合には、業務上失火罪に該当するものと解するのが相当である。)。

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(小川信雄 色川幸太郎 村上朝一 岡原昌男)

弁護人の上告趣意

第一点 原判決は、被告人が本件火災事故発生当時東武通運株式会社太田支店木崎営業所の自動車運転手としてジーゼル・エンジンをそなえた普通貨物自動車等の運転業務に従事していたもので、本件のようなジーゼル・エンジン自動車を走行させるために必要な動力はシリンダー内で急激に圧縮されて高圧、高温となつた空気に、燃料の軽油を霧状にして噴射し、これを着火爆発させることによつて発生させるものであることは明らかであるから、第一審判決において被告人が火気取扱い業務の従事者に当たることを肯認したことは正当であると判決した。しかしながら本件事故車輛はディーゼルエンジンであるから、ガソリンエンジンのような気筒内の霧状ガソリンに点火プラグによつて発生せしめられた火花を散らしてガソリンに着火させる構造のものとは大いに異なる構造になるものである。すなわち本件事故車のディーゼルエンジンは軽油を気筒内に噴射ポンプをもつて送り込み、これを急激に圧縮することに因つて気筒内の霧状軽油を発火させるものであるばかりでなく、この圧縮並びに発火爆発の工程は堅固な容器内における作業であり、完全に外界から遮断された気筒内において発火させるという密室内における工程である。この以外に火気を取扱うものでなくまた直接に火気が外気に触れた状況において外界でこれを行うものでない。殊に消防法、道路交通法、道路運送法、道路運送車輛法中運転者の義務として原判決のいうような火気取扱業務なるものを規定したものなくまた本件事故車を危険物として運転者の特別の注意義務を定むるものの全く存しない本件の場合に原判決が被告人を目して火気取扱業務に従事する者と断定したのは事実誤認である。<以下略>

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